シリアのお爺ちゃん

20171109

家の近くのスーパーに行く。入った瞬間、店員のお兄ちゃんが「ジュードッ!日本人が来たぞ!」と声をあげる。あぁ、今日も彼が来ているんだなとわかった。

彼にはじめて会ったのは三週間前だろうか。いつものようにスーパーで買い物を済ませレジに向かうと、黒い民族衣装を纏ったお爺さんが店員のお兄ちゃんと話していた。買い物かごをレジに置いてこちらに気づいたのかお爺さんが振り返る。

と、そのまま私を見たまま固まってしまった。どうしようかと思って、「アハラン。」と軽く挨拶をするとニコ〜っと笑って、何か言いたげだけど何も言わない。代わりに握手を求めてきた。深く刻まれた皺や(笑うと皺くちゃになる)厚みのある掌から優しさが伝わってくるようだった。レジのお兄ちゃんが「この人はシリア人なんだよ。ちなみに僕も。」と教えてくれた。「そうなんですか。私はシリア人の先生にアラビア語を教えてもらいました。とても感謝してます。」伝わっているのかいないのかわからないが、ニコニコと頷いている。そのあともずっと仏を見るような顔で見てくるので「私は珍しいですか?日本人は初めてですか?」と聞くとまたニコニコと頷く。会計が終わると一所懸命に品物を入れるのを手伝ってくれる。

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(アナスとジュード)

 

その後、何度かスーパーでお爺さんに遭遇するたび握手を交わし挨拶をし、そして品物の袋詰めを手伝ってくれる。

今まで会わなかったのが不思議なくらいだ。会うたびに彼はスーパーの皆に愛されているのが伝わってきた。

 

話をこの日に戻して、4人で話し込む(シリア人3人と日本人1人)簡単なことを聞いたはずなんだけれど、いつもお爺さんに通じないのは何で?と聞くと「お爺さんはシリア訛じゃないと通じないよ。」と教えてくれた。ついでに簡単なシリア語も教えてくれた。店員のお兄ちゃんが日本のコインが欲しいというので、シリアのコインと交換することになった。じゃあ明後日のお昼に会いましょうと別れた。

 

 

 

 

 

判断と選択の日々⑤

201708-09

ヒトは相対的にしか物事を判断できない。

家出をしてはじめてその家庭の良さ悪さがわかるように。

あの学校が最初だったらと思うと今でもぞっとする。はたして同じように判断して行動できただろうか?判断したとしてもかなり時間を費やしたに違いない。

今思うと、終了した学校はかなり保守的だった。そしてどちらも50代の先生だった。

新しい学校と継続中の学校の先生は比較的若い先生達だ。十把一絡げにはできないが、年齢を重ねれば重ねるほど新しいものを受け入れる力は弱くなるのかもしれない。

(自戒を込めて。)

 

継続中の高校へ。

なんとか一枚の絵を描き終える。生徒、先生達、校長に最後の挨拶を済ませる。

私が出した答えは、思いきって二校とも新しい学校にすることにした。

どうなるかなんてわからないが、とにかく柔らかい土壌を見つけては耕すしかない。

前例がないからか(それだけではないとは思うが)相手も自分もどうしていいかわからないことばかりだった。

たくさんの人があっというまに通り過ぎていった。

気づいたらヨルダンに来て半年が過ぎようとしていた。

言葉を借りる。続けられないから、続けようと思った。

 

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(エムティヤーズ、シャバーブ。お世話になりました。)

 

 

判断と選択の日々④

20171103-1107

ほのかに口に残った朝食代わりのスターバックスシナモンロールアメリカンコーヒーの味が名残惜しいままアジュルンに帰る。

次の日もう一校の新しい学校(高校)へ。自分に合う学校が二校連続で続くワケがないと疑心暗鬼になりながら学校へ向かう。校長、美術の先生に挨拶をする。ここではじめて自分より年下の美術の先生と出会った。そして初めて怒鳴らない学校をみた。(たまには怒鳴るけれど)学校の方針なのか、先生達はうるさい時は手を上げて、それに気づいた生徒が同じように手を上げて静かになるという方法をとっていた。(私がこれをやると何故か笑いが起きる…。日本とシャバーブには通用しないだろうな。)

二日目美術の先生から家庭科の先生を紹介してもらう。どうやらこの二人は友達のようだ。話を聞くと私が来てから付きっきりで寂しかったらしい。おっと今度はこういう問題に巻き込まれるのかと思い、「大丈夫、大丈夫。私は一人で大丈夫だから。」と伝えると美術の先生が「私達はアスディカーイ(友人の複数形)になればいい。」と言った。なるほど。

二人とも年下とは思えないほどしっかりしている。

二人とも二児の母だ。年齢の話になり美術の先生が28歳、家庭科の先生が24歳、私が34歳。ぽつりと一番年下の先生が「みんな一緒だ。」と言った。笑ってしまった。

年齢なんてただの数のカウントだ。

 

三日目いろんな先生に「サバーフルヘイル」(おはようございます。)と挨拶を交わしていたら家庭科の先生が「オハヨウゴザイマス」と日本語で挨拶してくれた。「何で知ってるの?」と聞いたらちょっと昨日調べて覚えてくれたそうだ。これは嬉しかった。

そのまま美術の先生と一緒に家庭科の授業に参加する。チーズの作り方を生徒と一緒に教えてもらう。

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(牛乳をかき混ぜながら煮込みます。)

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(ヨーグルトを大さじ2杯くらい入れてかき混ぜているとこんな感じになる。)

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(よく分離したら綿布に入れて水分を出す。ひとつまみ塩を入れる。)

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(残ったスープも飲むそうです。)

 

午後は階段のペンキ塗りを皆でやった。ペンキを塗りながら横でやっているバスケットボール(体育の授業)が気になってしょうがない。あんなに弾むボールを見たのは久しぶりだ。前の小学校はパンク状態のボールでサッカーをやっていたし、新しい小学校はボールすらない。ひたすらズンバというダンスを踊っていた。(キャンプには新しいボールがたくさんあると聞いた…。)

ペンキ塗り終了と共にバスケをやっていいか先生に聞いて、やらせてもらう。試合形式になると収拾つかなくなるから自由にやらせてもらった。

 

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帰り際三人で話していたら、おもむろにスマートフォンの画面を見せてきた。そこには「私達はあなたに満足しています。」と翻訳された日本語が書いてあった。

 

三校とも自分にとっていい学校だ。ここで二校に絞らなければならない。今度は悩みが贅沢な悩みに変わった。

 

 

 

判断と選択の日々③

20171029-1102

久々に継続中の高校へ。「久しぶりだな!」と仲良しのおじちゃんに一緒に写真を撮ろうぜと言われおじちゃんのスマートフォンで写真を撮る。撮った写真を見て少し痩せたなと思った。

 

仕事が終わってから先々週まで継続していた小学校の同僚の先生のお宅へ。サミーラは何かといつも気にかけてくれていた。ここでもマンサフを御馳走になる。それぞれの家庭で味や作り方に少し違いがある。サミーラの家はお米の下にちぎったパンが敷き詰められていた。

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 帰り際オリーブを収穫中のサミーラのお姉さんに会う。子ども達も手伝っていてオリーブの実を見せてもらう。こちらの子ども達は本当によく働く。

車で送ってもらう途中、勤務していた小学校の前を通った。もうすぐ夜になろうとする赤紫の夕暮れに浮かぶ学校を見て、たくさんのことを思い出していた。毎朝、内緒で「こっちだよ。」と近道の門を開けてくれた小人症の女の子、校舎へ移動するときにカルガモの子どものように後ろをついてくる一年生達、教室の隅でいつも小さくなってたあの子は何だったのだろう?

初めての学校ほど忘れられないものはないと思った。

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 20171031-1102

新しい小学校へ。新しい小学校はサハラという少し遠い町にある。バスに乗り運転手に行き先を伝える。最初に伝えておくと着いたときに声をかけてくれる。だいぶバスに揺られ気づいたら乗客は自分だけだった。「ここだよ。」と言われ窓の外を見ると、なんだか見たことない景色のような気がする。「ここじゃないと思うんだよな。」というと「○○学校はここだよ。」と言われる。降りて周りを見渡せど違うような気がする。学校を見ても既視感が得られない。とりあえず入ってみることにした。急な日本人に皆慌ててる。校長室に通され校長に挨拶をする。とても穏やかそうで優しそうな女性だった。「ところで校長先生。初対面ですよね?」と聞いたら「そうだね。」と言われる。「○○先生はこの学校にいますか?」「いないよ。」やっぱり違う学校に来てしまったようだ。「いいじゃない。あなたここで働いたらいいわよ!」と言ってくれる。今の自分にはとても嬉しい言葉だ。「でもここ美術の先生いないでしょ?」「うん。」「それじゃダメなんだな。」「運転手になんて言ったの?」「○○学校」「それじゃダメだよ。ここの地区全部○○学校だから。女学校ってつけないと。」そうなのか。

結局、校長先生に車で送ってもらうことになった。

見たことある学校に着いた。ありがとうとお礼を言って別れる。

 

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(名も知らぬ学校の名も知らぬ校長先生。その節は有り難うございました。)

 

見たことある校長と、見たことある美術の先生に挨拶をする。だいぶ警戒していたが、驚くくらい受け入れてもらえた。でも判断するにはまだ早計だと言い聞かせた。

試用期間を過ごしてみて、毎日揉みくちゃだったが大変居心地がいいことがわかった。現場に入ってみないと、わからないことがたくさんある。

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その足で予防接種のためアンマンへ。なかなかバスが来ずタクシーを捕まえて値段交渉。「いくらですか?」「1.5JD」「0.5JDじゃだめですか?」さすがに断られるかなと思ったら「んー。いいよ。乗りな。」と乗せてもらえた。しばらく走っているとお婆ちゃんと孫とその母親らしき3人が歩いていた。すーっとタクシーは横付けし「どこまで?」「アジュルン」「乗りな!」これ乗り合いじゃないんだけど、だから0.5で乗せてくれたのか。商売上手だな。

ムジャンマ(バス停)に着きバスに乗り込む。今回ばかりはアジュルンを離れたかった。 

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判断と選択の日々②

次の日新しい小学校に出向く。

この学校は端から見たら綺麗で設備もちゃんとしていて、なぜ私が選ばなかったのか疑問に思うような学校だ。選ばなかった理由は簡単で、8月下旬にその学校を訪問した際、あからさまに美術の先生が迷惑そうな顔をしていたからである。確かに相手の立場になって考えてみるとアラビア語も喋れない迷惑でおこがましい存在ではある。

行ってみると案の定、快くない表情だった。

この日から、あからさまな意地悪な目に遭った。挨拶をしても無視をされ、授業中もほとんど無視かと思えばいきなり授業をやらされ、しまいには一人にされ本人はどこかにいってしまう。そして屈辱的だったのが教室の床に落ちていた未開封のWFPのビスケットを指差して「お前のだ。」と言われたことだった。

三日目の朝なぜか校長にまで怒られる「なぜ、壁に絵を描かない!なぜ家で描いてこない!義務だ!義務だ!」と詰められる。これはおかしい。

三日目、四日目美術の先生は少し態度を変えてきた。急にコーヒーや紅茶を差し出してきた。何が起きているのかさっぱりわからない。不信感は募るばかりだった。

帰り道二人の生徒がついてきた。「頼むから一人にしてくれ。疲れてるんだ。」というくらいに参っていた。

ここでやっていくのは無理だと判断して、カウンターパートに相談しに行った。されたこと、起こったことを話し「私は彼女とは仕事はできない。」と伝える。カウンターパートも異常さを理解してくれて学校を変えることになった。今度は自分が見た中でほんの少しだが手応えがあった学校を二校選び、三日間行ってみてその中から一校を選ぶということになった。

情けない話だが、本当に狼狽えてばかりの毎日だ。この一週間は生きた心地がしなかった。

いつものアジュルンの町が色褪せて見えた。

 

 

 

 

 

判断と選択の日々①

20171022-

小学校と高校一週間ずつ交代で二校に通って1ヶ月が過ぎようとしていた。

美術の授業はあるけれど美術室もなく、絵具も画用紙もないお金もない。高校には美術室はあるが生徒数が多いためなかなか授業で使えない。授業は生徒が各自用意したノートに鉛筆でひたすら絵を描いている。

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小学校の先生とペットボトルのからくり工作をしようという話になり各自ペットボトルを家から持って来させた。授業で試作品を見せた時のまるで魔法を見たかのような反応は今でも忘れられない。息を飲むとはこういうことなんだと思った。

だけれど授業は失敗だった。このくらいならできるだろうという予想が大きく外れた。いつも絵しか書いてない子ども達が、急にハサミやカッターを使いこなせるわけがなかった。45分の授業では無理があった。子ども達はやる気で満ちているが、材料が多ければ多いほど工程が多ければ多いほど収拾がつかなくなった。そして、ペットボトルすら持って来れない子も中にはいた。それでも横で先生は作業工程を懸命に説明してくれた。結局、私が一つ作って見せてあとは各自家で作ってくるという何ともやるせない形になった。

 

ある日の授業中、生徒がWFP(国際連合世界食糧計画)が毎日配給しているビスケットを配っていた。配り終えた段ボールをゴミ箱代わりの段ボールの上に置いた。ちょうどいい大きさの段ボールだと思い、素材として使おうと担任の先生の許可を貰い拾った。それを見ていた美術の先生が「何で拾った段ボールを使うの?」と聞いてきた。「物がないからさ。」「私はそれを使うのはイヤだ。」と言われた。そのとき私はよくわかっていなかった。

そのあとそれを見ていた何人かの子ども達がこの段ボールをこの人は欲しいんだと認識したらしく何個か持ってきてくれた。それを畳んで準備室に持っていっていいか尋ねたら彼女は怒ってしまった。なぜそんなに怒るのか理解できなかった。普段穏やかな彼女が怒るということは理解を超えた何かがあるんだろうけど見当もつかなかった。やってしまった…。と頭を抱えるしかなかった。

そのあと聞いたら、段ボールを使うのがイヤなのではなくて一旦ゴミになった段ボールを使うのがイヤなのだそうだ。学校の売店から貰ってくる段ボールはいいそうだ。

「清潔さは信仰の半分である。」とコーランにある。ゴミになる=「不浄」なものになる。ということなのだろう。許可をくれた先生もムスリムだ。彼女がここまで敬虔だとは知らなかった。何度も手を洗ったか確認された。なかなか理解が難しいが、こちらの無知を謝った。

 

次の日カウンターパートから「そこの小学校は生徒数も多いし、素材もないから今日で終わりにして別の学校に変えよう。」と連絡が来た。正直だんだんと美術の先生と上手くいっていないと感じていた。相手はもっとそう感じていたと思う。だんだんと疲れていくのが目に見えてわかっていた。段ボールの件もあって、これも何かのタイミングだと思い流れに逆らわないことにした。今度は自分で決めないで、現地の状況をよく知っているであろうカウンターパートにオススメの学校を聞いた。言われた名前の学校を聞いて少し気が重くなった。

 

 

 

親切な日々とスパイス

20171015-

雨が降ってからというもの一気に秋になった。荷物に傘とザックカバーが追加される。

いつもどおりバスに揺られ学校の近くで降りる。コツコツと持ってるコインで窓を叩く。(降りるときこちらでは指輪やコインで窓や車体を叩く。私は未だ不慣れなリズムで叩く。)降りるときいつもどおりお金を払おうとしたら運転手が「いらない。オレからのプレゼントだ。ようこそヨルダンへ。」と言ってきた。こういうことが多々ある。ありがとうと言ってバスから降りる。一度きりだと思ったら、その運転手のおじさんのバスに乗る度に「お金はいらない。」と運賃を受け取ってくれなかった。これは歓迎の意味もあるし施しの意味もあるような気がする。施しが善とされるイスラム文化では物乞いの人に当たり前のようにお金を渡すし、お金を渡さない時は何か声をかけている。(もちろん中には、あっちいけと追い払う人もいる。特にアンマン。)

 

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(この日は特等席だった。)

アジュルンに来てはじめの頃、こちらはゴミを分別しないのになぜかパンだけの袋がゴミ箱にぶら下がっていたり、そこらへんに袋に入って置いてあるのが目についた。気になってカウンターパートに聞いたら「お金がない人のために、ああしてるんだ。」と言っていた。

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帰りのバスを待っていたら何だか変なおじさんに絡まれる。「一緒に写真取ろうぜ!」などとうるさい。日本にもいる酔っぱらいのおじさんのような感じだった。

面倒くさいなと思っていたら、用務のおばちゃんが通りかかって追い払ってくれた。そのまましばらく二人で世間話をしていたらバスがやってきた。それを確認するとおばちゃんは「じゃあね」と帰って行った。バスが来るまで付き合ってくれたことを、そのときわかった。

 

季節の変わり目だからか何だか気怠い日々が続く。どうしたもんかと考えていたら以前ヨルダンのスパイスは調味料としてだけではなく、薬の役割としても売られていると聞いたことを思い出した。早速スーク(市場)のスパイス屋さんに行ってみた。何がどれやらさっぱりわからず突っ立っていると、店の奥から店主とおぼしき小柄なお爺さんが現れた。魔法使いのような、この人の言うことなら間違いないんじゃないかと思わせる雰囲気が漂っているお爺さんだった。拙いアラビア語で聞いてみる。「私は今元気ではありません。飲めば元気になるのはどれですか?」とあやしい質問を投げてみた。

お爺さんはシナモンとショウガと最後に謎のスパイスを出してきた。「これを飲めば元気になるよ。」「これを飲めば元気になるんですね?全部一緒に紅茶に混ぜて飲めばいいんですか?」「ダメ!全部混ぜちゃダメ!一つずつ飲むんだ。」お爺さんが言うならそうなんだろう。ちなみにシナモンは生理痛に効くそうだ。妊娠中の人には良くないそうだ。帰って飲んでみると三つ目の謎のスパイスは良薬口に苦しな味だった。

これで元気になったかというのはちょっとよくわからないが、ショウガは寒いときに大変重宝している。

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(左からショウガ、シナモン、謎のスパイス)