ヨルダンに来てはじめての○○

12月は日本で師走と呼ぶ。先生が走るほど忙しいからと。

変わらずヨルダンでも成績付けで忙しそう。こればっかりは手伝えないからなーと思っていたら数字の読み上げをお願いされる。何を隠そう数字にめっぽう弱い人間がしかもインド数字を読み上げる。間違っちゃいけないし、ヨルダンに来て一番緊張したかもしれない。なんとか無事終了。これ相手大事。でも本当に、これいい訓練になった。

そろばんやっときゃ良かった…。それと英語。

休み時間に美術の先生が学校終わったら先生達皆でどっか行く的なことを言っている。なんとなーく葬式かなと思って、「アッザマ アッラー アジュラコム?(アラビア語で御愁傷様です。)」と聞いたらその通りだった。教頭の親族の方がお亡くなりになられたそうだ。そして、連れて行かれる。

行きの車では校長の車を抜かして、はしゃいだりしていたが教頭の家に着いた途端、皆大人しくなる。すでに親族、関係者の方がたくさんいた。(すべて女性)一人一人に挨拶して握手を交わす。それが終わって腰を下ろすとコーヒーが配られる。葬式も男女分かれる。御遺体もなく、遺影もない。遺族の方々は忙しそうに動いていた。教頭もいつもより少し疲れている様に見えた。お疲れ様でした。

 

 

隣に座っている美術の先生に「ねぇ、こういうときは笑っちゃだめだよね?」と確認。「うん。そうだね。」

そこでわかったのだけれど先生の中に親族4、5人いた。

しばらくしてマンサフが配られる。日本で言うところの寿司だ。

小声で話しながら黙々と食べる。

向かいに座っていた地理の先生(この先生とてもマイペースで私は好きだ。)と4人で話をしていて地理の先生が「シリア人(男性)とヨルダン人(男性)どっちがいい?」と聞いてきた。「日本でシリアの先生に教わったし、彼らは優しくて賢いと思うよ。」と答えたら「ヨルダン人の方がいいわよ、」どーのこーの(ほぼわからなかった。がヨルダン人を推してるのはわかった。)と言ってきた。すると隣の先生が一言「うちの旦那シリア人なんだけど。」(私は知っていた。知ってて言ってるんだと思ってた。)

「あ、忘れてた!ごめん!」と。私もよく失言をするが、可笑しくて思わず笑ってしまった。

 

次の日、今まで一度も全員で会議しているところを見たことなかったが、今日会議があるから一緒に行くよと言われる。いや会議出ても何もわかんないんじゃないか?と思いつつ図書室に向かう。すでに皆いて楽しそうにお喋りしている。そしたらお菓子屋さんが来て、キナーフェと呼ばれるチーズのお菓子とコーヒーが配られる。これ会議じゃないな。とここで気づく。異動した先生等も呼んで年に何回かこうやって集まるそうだ。こういう会議だったらいいな。ほへ〜としながらお菓子食べてたら「ほら行くよ。」と言われ途中で抜け出し、いつもの面子に加えクリスチャンの先生二人と二度目の葬式へ。(葬式当日クリスマス祝日で二人は行けなかったため。)

挨拶してコーヒー飲んでデーツかじって、二人を駅で降ろして学校に戻る。

鍵を開けようとして、部屋の鍵を閉め忘れたことに気づく。焦って3人とも一斉に財布を確認する。お互いの財布の無事を確認したあとで小競り合いが始まる。まるでズッコケ三人組だ。

書いてて昔やられたことを思い出して腹が立ってきたのでこの辺でやめよう。

 

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(帰り道、隣にいた赤ちゃん。顔の完成度に驚いた。)